札幌高等裁判所 昭和60年(う)52号 判決
1 被告人両名及びその共犯者とされる原審相被告人らは,いずれも札幌市中央区南2条西10丁目5番地1所在のジムテルビル8階に事務所を置く株式会社北海道サニー交易(以下,単に「サニー交易」という。)の役職員であつたものであるが,同社が設立され,営業開始に至る経緯についてみると,
(1) 被告人高橋は,昭和36年に大学を中退して以来,一時期証券会社に勤務していたことがあるほか,専ら国内の商品先物取引の営業員をしていたが,昭和47年ころから,商品先物取引を業とする会社の役員となつて経営に参画するようになり,昭和53年末ころ,国内の商品先物取引とは違つて,法的に何ら規制を受けていない,いわゆるブラツクマーケツトとして名高い金地金の取引仲介を業とする会社を設立しようとしたが,当時の業界においては金地金の取引に手を染めた者は国内商品取引に戻れないといわれていたこともあつて,自ら表に立つことを避け,自己の経営する会社に出資させることにより,昭和54年4月東京都渋谷区内に金地金の取引仲介を業とするアレツクス貿易株式会社(以下単に「アレツクス」という。後に,株式会社サンシヤイン交易,株式会社セアード交易と社名変更)を設立して,自ら影のオーナーとなつたこと,しかし,その後予期に反して金相場が暴騰したため,結局約2億円の負債をかかえこむに至り,その処理に苦慮していたこと,
(2) ところで,国内の商品先物取引においては,顧客保護の観点から,断定的判断の提供,利益保証,一任売買,無断売買,返還遅延,過当な向い玉等が商品取引所法によつて禁止されているほか,無差別電話勧誘,不適格者等の勧誘,見込客の訪問制限,投機性等の説明の欠如,融資の斡旋,一口制の勧誘,無意味な反覆売買,過当な売買取引の要求,不当な増建玉,両建玉,外務員・担当者等の交代等14項目にわたり商品取引所において禁止されるなど,各種の規制が存したが,外国,特に香港における商品先物取引については,当時いまだこのような規制が全く存せず,運用次第では客からの委託証拠金を会社に保留し,会社の経費に流用することも可能なことから,被告人高橋は,昭和55年2月ころ,海外商品先物取引の仲介に転業しようとして,国内の関係者や香港所在の商品先物取引の仲介を業とする会社の経営者らから香港の商品先物取引についての説明を受け,香港商品取引所の準会員の資格を持つ会社を経営しようと考え,その資金を援助してくれる者を探していたところ,知人から,伊藤博喜(原審相被告人)の紹介を受けたこと,
(3) 伊藤は,そのころ自らも香港商品先物取引の仲介を業とする株式会社アイ・テイ・シー(以下単に「アイ・テイ・シー」という。)を設立して,右準会員の資格をとるべく準備していたところ,同社に資金援助をしていた金主が同社の金を使い込み,また,予定していた客が勧誘に応じないこともあつて経営に苦慮していたが,そのころ知人の紹介で被告人高橋と知り合い,同被告人から「確実に儲かるから入らないか。」などと誘われ,計画の全容を知るに及んで資金援助者を斡旋するなどして協力するようになつたこと,被告人高橋は,伊藤の紹介により右資金援助者と会つたところ,かつて国内商品先物取引に関与していたころの同僚である納富健治であつたことから話が進展し,同人をアレツクスの会長とする見返りとして700万円の融資を受け,かろうじてアレツクス経営の窮地をしのいでいたこと,
(4) その後,被告人高橋は,納富から,同人の知人が経営する国内の商品先物取引業者のゼネラル貿易の子会社ナシヨナル・コモデイテイ・トレイダーズリミテツド(以下単に「ナシヨナルコモデイテイ」という。)が香港の商品取引所の正会員となつており,東京都内にその出先機関として法人を設立し,いわば代理店として商品先物取引の取り次ぎをしてはどうかなどと話を持ちかけられ,香港に事務所を置くのと違つて,人的にもあるいは物的にも経費等が節約できる上,東京に居ながら正会員と同様の仕事が可能となることから,この話を具体化させることとし,昭和55年10月ころには,ナシヨナルコモデイテイの出先機関として株式会社国際商品オペレーシヨンセンター(以下単に「オペレーシヨンセンター」という。)を東京都新宿区内に設立し,納富が代表取締役,被告人高橋及び伊藤がそれぞれ取締役に就任したこと,
(5) 被告人高橋は,このように香港の商品取引所の正会員と同様の活躍が可能となつたため,全国から取引先を募ろうと考え,まず札幌市在住の知人佐藤暎にその旨の依頼をしたところ,同人から荒生芳夫(原審相被告人)が乗り気であるとの連絡を受けたので,同人に会つてこれを具体化したいと考えたこと,荒生は,同月12,3日ころ,伊藤とともに来札した被告人高橋から,荒生の経営する北海道誠和商品株式会社の事務所において,香港の商品先物取引には規制がないので仕事がやりやすいこと,客の委託証拠金を会社に保留して経費に充てることができ,絶対に儲かること,客の委託のあつたもののうちの一部を市場に出すので多少の値動きがあることなどの説明を受けて,被告人高橋の計画を受け入れることにしたこと,
(6) 被告人高橋は,同年11月初めころ,札幌市内に香港の商品先物取引を扱う会社を設立するとともに,これとは別に,その会社が勧誘した客の委託証拠金を社内に保留するため,客の建て玉に対しいわゆる向い玉を建てるためのダミーとなる会社を東京に設立しようとしたこと,そして,同月末ころ,上京して来た荒生と会つて,札幌に設立する会社の事務所の開設と営業員の採用については荒生が担当し,発足のための資金は被告人高橋が確保すること,客から集めた委託証拠金の60ないし70パーセントは荒生らが札幌において管理し,残りの30ないし40パーセントを被告人高橋らにおいて東京で管理することなどを話し合いさらに同年12月24日ころ,再度上京して来た荒生から,現地の営業員採用の目途がつき,責任者として荒生のかつての同僚であり,国内の商品先物取引業界内においてとかく強引な勧誘をするとの噂はあるが道内で抜群の成績をあげる男として知られている三貴商事株式会社の被告人森山を考えていることなどの話があり,その際荒生に対し,会社発足のために必要であるとして,アイ・テイ・シーで使用している売買委託承諾書,委託者別先物取引勘定元帳,売買計算報告書,売付・買付注文伝票,その他シカゴの国際通貨の先物取引についてのパンフレツト,香港の大豆,砂糖,綿花等の先物取引についてのパンフレツト等を渡し,「為替は外貨預金ではないけれども,外貨預金めいたことで客を勧誘すれば注文が取りやすいし,金が集まりやすい。その後大豆や砂糖に乗りかえればいい。」などという話をしたこと,
(7) 被告人森山は,昭和43年国内の商品先物取引を業とする会社に勤め,外務員登録試験に合格し,以後国内の商品先物取引の営業員として稼働し,昭和54年5月ころから,札幌市内にある三貴商事株式会社に勤務し営業次長の地位にあつたが,同社が同族会社であつたこともあつて,将来とも同社の経営に参加することはできないものと考えていたところ,同年11月ころ荒生から,香港の商品先物取引には規制がないから思い切つて勧誘ができるなどといわれて,新会社に参加を誘われ,さらに,昭和56年1月2日荒生宅に遊びに行つた際,電話で東京にいる被告人高橋と挨拶を交わし,その後も同被告人や荒生としばしば会ううちに,右の計画に加わる決意をしたこと,
(8) 被告人高橋は,同月9日伊藤とともに札幌に来て数日滞在し,その間ホテル札幌東急インの喫茶店や札幌市内の飲食店等で荒生や被告人森山らと会い,あらためて荒生から被告人森山を紹介され,その際被告人高橋において,札幌に設立する会社は北海道サニー交易という名称で,これを支部とし,別に東京に本部を置き,客からの委託証拠金の40パーセントを本部が,残り60パーセントを支部がそれぞれ管理し,札幌の方は荒生と被告人森山の2人で責任をもつてやつて欲しいなどと述べ,被告人森山と別れた後,被告人高橋,伊藤及び荒生は佐藤暎と会い,本部の社長を伊藤,支部の社長を荒生,被告人森山については支部の営業の責任者とし,そのうち役員にするなどという話が出されたこと,
(9) 被告人高橋は,同月21日ころ伊藤を伴つて再び札幌に来て,その日は,荒生,佐藤らと会い佐藤において作成した客からの委託証拠金を本部と支部に保留する割合,役員報酬等経営の大筋を定めた確約書に署名し,翌22日ころは,伊藤が知人から融資を受けた800万円を持参していたが,うち500万円はサニー交易の資本金として銀行預金し,300万円を設立のための諸経費に充てるべく佐藤に預けた後,その日の夕方伊藤,荒生及び被告人森山を加えた4人で原判示山女亭で会食したが,その際も被告人森山に対し「海外には法規制がない。不適格者から金を取つては駄目だ,ということはない。思い切りやつてくれ。」などと話していたこと,同月23日には香港又は外国の商品取引市場の上場商品の売買取引の受託及び輸出入等を目的とする株式会社北海道サニー交易(資本金500万円,本店住所札幌市中央区南1条西6丁目1番地)の設立登記を完了して,代表印を荒生に渡したこと,
(10) 同月25日ころ,荒生において,前記ジムテルビル8階を事務所として借り受ける手はずを整え,什器,備品等を購入し,事務員を採用するなどして営業活動の準備を進め,また,佐藤や被告人森山と会つて,サニー交易の営業員には固定給のほか純増歩合給制(客から受け取る委託証拠金の中から最終的に手仕舞して客に出金する額を差し引いた金額を純増といい,それに一定割合を乗じた額を支給する制度)による歩合給を支給することとしてその率についても相談し,純増歩合給の合計を15パーセント以内にすることなどの合意ができ,他方,被告人森山においても,三貴商事株式会社の部下である狛欽弥(原審相被告人),福士一男(同),小原満,田中良市,渡辺浩,中駄裕二等に,「サニー交易はゼネラル貿易の子会社のようなものだ。給料も現在より多い。海外だから規制もなく,自由に思い切りやれる。」などと持ちかけて,サニー交易の営業員として入社する旨の了解を取りつけたこと,
(11) 以上のような準備工作を進めた結果,人的物的両面にわたり新会社の陣容が固まつたこともあつて,同年2月22日被告人高橋は,会社の営業を開始するに当たり,営業員に営業方針等の説明会を開くべく納富,伊藤を伴つて札幌に来て,翌23日ころジムテルビル8階のサニー交易の社長室において,営業の幹部となる前記狛,福士及び上田征夫(原審相被告人)の紹介を受け,さらに,被告人森山から営業員に支給する純増歩合給の比率の説明を受けて了承するとともに,その際,被告人森山から月間純増5,000万円を目標としたいなどとの話が出されたこともあつて,右目標に到達した場合には営業員を香港商品取引所の見学がてら海外旅行に連れていく旨話したこと,次いで営業事務室に営業員一同を集めて説明会がもたれ,納富,伊藤の挨拶に続いて,被告人高橋が香港の商品先物取引の仕組みについて解説したあと,営業員からの質問に答えて,香港商品先物取引では国内のような規制はないから,国内では不適格者として規制されている者を勧誘してもかまわない,契約書に印を貰いさえすれば,あとは責任を持つから思い切りやりなさいなどと述べたこと,
(12) ここにおいて,荒生,被告人森山らは,営業開始に至るまでの間を利用して,営業員や後記のいわゆるテレコールに従事する女性を募集する一方,営業員になつた者に対して研修を実施して営業方針の徹底を図つたこと,
2 サニー交易の構成や営業状況についてみると,
(1) サニー交易は,荒生が代表取締役(昭和57年3月5日からは単なる取締役)となり,被告人高橋,伊藤がそれぞれ取締役(被告人高橋は昭和57年3月5日から荒生にかわつて代表取締役),被告人森山が営業本部長(昭和56年6月10日から常務取締役),狛,福士,上田がいずれも営業課長(後に部制となり,狛,福士は営業部長,上田は管理部長)となつて,昭和56年3月1日から営業を開始したこと,
(2) 香港商品取引所においては,同一取引業者が同一立会時間中において同一商品を同数量・同一値段で約定して行う売買取引(いわゆる「バイカイ」という。)は,形式的には規制されていたが,例外的に当該海外取引業者が,たまたま客から受けた注文がバイカイとなつたとき,市場の立会終了後20分以内にバイカイ取引の申出をすること(いわゆる「バイカイ付出し」という。)を認め,この場合には委託証拠金を取引所に差し出さなくてもよい扱いになつていたこともあつて,実際は,このようなバイカイ付出しの方法で市場につなぐのが香港の商品先物取引における通常の取引形態であつたこと,
(3) 被告人高橋においても,当初,サニー交易から客の委託があつた旨の連絡を受けると,この委託玉に対しすべてアイ・テイ・シーにおいて向い玉を建てて(オール向い玉)一対とした上,オペレーシヨンセンター及びナシヨナルコモデイテイを通して香港商品取引所につなぎ,委託玉すべてについてバイカイ付出しにしていたが,荒生から早く本部となる会社を設立してもらいたい旨の催促を受け,納富の関与するオペレーシヨンセンターと手を切りたいと考えていたことなどから,同年4月25日,本部となる新会社として株式会社サニージヤパン(代表取締役被告人高橋,本店住所東京都新宿区新宿4丁目3番地15号,以下単に「サニージヤパン」という。)を設立し,同年5月13日ころから同社がアイ・テイ・シーにかわつて,サニー交易からの委託玉に対して向い玉を建てるようになり,また,同時にサニー交易を早期に香港商品取引所の準会員にするため,前年の買収時から関係を持つていた同取引所正会員のウエリンク・デベロツプメント・カンパニー・リミテツド(以下単に「ウエリンク」という。)にサニージヤパンからの建て玉をつなぐことにしたこと,
(4) サニー交易における営業の方法は,まず,いわゆるテレコール嬢と称する女性社員らが電話帳をもとに個人宅に無差別に電話をかけ,商品取引や相場である旨の説明は一切行わず,「通常の預金よりはるかに有利な利殖方法があります。現在の預金を解約せずにうちの会社から高い金利を出して元金を増やせる二重活用の道があります。」などといつた言葉で客を誘うとともに,その対応から相手の年齢,家族構成,利用金融機関,預金の管理者,前職等を聞き出し,見込みのある者には訪問の約束を取りつけた上,直ちに営業員がその家を訪問したこと,
3 さらに,本件の犯行状況についてみると,
(1) 原判示第一については,おおむね,前示テレコール嬢が訪問約束を取り付けた預金のありそうな一人暮しか又は老夫婦だけで生活している高齢者に対し,営業員が,香港の商品先物取引であることを隠したまま,「うちの会社に金を預けてくれれば,短期間で銀行や郵便局より高い利息を払えるし,元金は保証する。いつでも解約できる。」などと虚言を告げ,その結果あたかも有利かつ安全な利殖方法があつて,後日確実に元本に利息金が加算されて返済を受けられるものと誤信した本件被害者らから金員を騙取し(被害者47名,被害金額合計1億1,550万円),その際,営業員が持参した売買取引承諾書,委託証拠金預り証に,後には,これに加えて,商品先物取引であることを証する確認書,申出書,アンケート等に,その内容の確認のないまま署名及び認印をしてもらつていたこと,
(2) このような高齢者に対する勧誘は,商品先物取引のなんたるかを理解することが困難な者に契約をさせることになるため,後日とかく紛議を起し易く,前述のとおり国内における商品先物取引業界においては,主婦,年金受給者,準禁治産者,未成年者とともに勧誘不適格者として規制の対象となつているものであり,被害者らは,テレコールに引続き営業員から前記のような勧誘を受けて,いずれも香港の商品先物取引であるとの理解がないまま本件詐欺の被害に遭つたものであること,
(3) このようにして被害者らから受け取つた金員は,被告人森山,狛,福士ら営業担当の幹部が勝手に商品(銘柄),売建,買建を決め,業務担当の荒舘らに注文伝票を作成させてフアクシミリによりサニージヤパンに電送し,被告人高橋において,フアクシミリのオーダーシートにもとづき,サニージヤパンにおいて向い玉を建て,これらをウエリンクにフアクシミリで電送して注文する方法を取り,被害者らが委託証拠金を追加する見込みがないことを知ると,損勘定になつたところで手仕舞をして向い玉とともに決済し,被害者に損害を与え,その分会社の利益となるように操作したこと,金員を営業員に交付した後サニー交易から送付されてきた書類等で香港の商品先物取引に投資されたことを知つた被害者らから,金員の返済や解約を迫られても,まず,被告人森山,狛,福士ら営業担当の幹部,更に被告人森山の指示のもとに上田,相談役兼管理部長の小笠原武男がその対応に当たつて前記承諾書等に署名押印があることを理由に極力これを拒み,通産局や弁護士等を間に入れて返済要求をしてきた被害者らにはやむなく見舞金と称して多少の金員を返済したこと,
(4) 原判示第二の被害者らは,いずれも原判示第一の被害者であり,委託した金員が勝手に香港の商品先物取引に投資されていることに気付いた同人らが,金員の返済を要求するや,狛らベテラン営業員が中心となつて,真実は新規に提供を受ける金員を確実に返済する意思がなく,これを誠実に香港商品取引所の上場商品の先物売買取次発注をする意思がないのに,その事実を秘し,おおむね,「前に預かつている金は相場が下がり損となつている。もう1回金を出してくれると損をかけることなく,前に預かつている金と一緒に返すことができる。」などと虚言を告げ,被害者らをしてその旨誤信させて,同人らから金員を騙取したものであること(被害者12名,被害金額合計4,500万円),
以上の諸事実が認められる。
以上の諸事実を総合すれば,右実行行為者に詐欺罪が成立するものであることは明らかである。
4 弁護人は,被告人両名がサニー交易の営業員らに対し,香港の商品先物取引であることは話さないで金を集めるよう指示したりして,営業員らと共謀したことはなく,本件各詐欺は営業員らが勝手に独走してしたものであると主張している点について判断を加える。
たしかに,被告人高橋がサニー交易を設立し経営したのは,前示のとおり,香港の商品先物取引には国内の商品先物取引で定められている健全な受託業務のための各種規制のないことを利用し,勧誘不適格者など商品先物取引に無知な者らから無差別に委託証拠金名下に金員を集め,客の指示に基づかずに売買の注文を建てる一方,客の建て玉に自社玉を向かわせ,客より預つた委託保証金はすべて自社に保留して経費に流用するとともに,自社の有利な場節に手仕舞するなどして,いわゆる客殺しによる利益を得ようとしたものであるから,その意味では会社の組織,運営実態から必然的に生み出される組織的,構造的な詐欺を企図したものということができるが(被告人高橋の原審第16回供述によると,検察官から,委託者の建て玉に対してすべて自主の向い玉を建てるいわゆるバイカイ付出しの方法を取り,営業員に対して純増歩合制を採用したこと,そのこと自体が詐欺であると言われて,それを計画したのは自分であるから,詐欺であることを認めざるを得なかつたと自認している。),このことから直ちに本件詐欺について被告人らが実行行為者らと共犯関係にあつたなどといえないことは所論指摘のとおりである。
しかしながら,(a)被告人高橋がサニー交易を設立するに至つたのは,すでに詳述したとおり,自己の経営するアレクツスが金相場の暴騰により多額の債務を負つてその処理に苦慮していた際,香港の商品先物取引には,国内と異なり種々の規制がないことを知つて,方法如何によつては必ず利益をあげることができ,これをもとにアレツクスの負債を整理して建て直しを図るとともに,香港の商品取引所の準会員資格,後には正会員資格を取得しようと企図したものであること,加えて,国内において商品先物取引を業とする場合には委託者保護の観点もあつて,商品取引所法49条,同法施行令5条(同別表第二)により相応の資産を保有することが要求されているところ,被告人高橋は,自己資金など持たず,他から僅かに800万円を調達してこれを資金として営業を開始したにすぎないものであり,高率の純増歩合制を採用したこともあつて当初から客の委託証拠金を食い潰すことを予定していたとしかみられず,会社を維持していくためには,名目や方法はなんであれ,ともかくも金を集められるだけ集めることが最大の関心事であつたと思われること,(b)被告人高橋は,一般に知られていない(北海道では始めてである。)外国の商品先物取引について新規の客を多く勧誘しようとして種々の手段を弄しているが,まず,国内取引では禁止されている勧誘不適格者すなわち高齢者,年金受給者,主婦等に対する勧誘をサニー交易の営業員に奨励する一方,営業成績を上げさせるため,社員に対して固定給のほかにいわゆる純増に対する高率の歩合給を支給することにしたこと,すなわち,商品先物取引については,その仕組み自体通常の取引と著しく異なる上,相場に対する見通しや予測が要求されるところ,勧誘不適格者はこれらについての理解や判断が十分でないため,容易に勧誘することができる反面,後に苦情を持ち込むなど紛議を惹き起しがちであつたことから,国内取引においてはそのような者に対する勧誘は規制されるに至つており,また,営業員に対する純増歩合給の支給も,営業員がより多くの歩合収入を得ようとしてとかく無理な勧誘に走りがちで,あるため,同様規制されているものであるのみならず,純増歩合給制は,取引業者の収益に当てられる客からの売買手数料を基準とするものではなく,客からの預り金の性質を有する委託証拠金を基準とするため,これを高率化すると会社の経営基盤を損なう危険性を持ち,国内の商品先物取引業界においては,正常な営業を前提とする限り,純増歩合給制をとつてもせいぜいその率は1パーセント程度であり,3パーセントを超えることはない,との指摘があるところ,サニー交易においては,途中で変更があるものの,営業部長に対しては部の純増の3パーセント,係長に対しては新規勧誘の場合6パーセント,追加勧誘の場合3パーセント,主任に対しては新規勧誘5パーセント,追加勧誘2.5パーセント,一般営業員に対しては新規勧誘4パーセント,追加勧誘1.5パーセントのほか,テレコール嬢に対してまで新規勧誘の1パーセントを支給するなど,高率の歩合を約束し,このような高率の純増歩合の支給が勧誘不適格者に対する勧誘規制のないことと相まって,営業員をして勧誘不適格者特に高齢者に対する無理な勧誘に走らせたものであること,(c)このような経営方針は,被告人高橋及び荒生らにおいて打ち出され,営業開始当初から実行に移されたものであり(なお,被告人高橋の当審供述中には,相場の動きを業者が操作することはできるわけがないから,客殺しなどあり得ないなどと弁解する部分があり,確かに予期せぬ相場の変動によつて業者自身が思わぬ損失を被ることがあるのは,同被告人の経営するアレツクスの負債の原因を見ても明らかであるが,同被告人の検察官に対する昭和58年10月15日付け供述調書中で詳述されているとおり,委託玉に対してすべて向い玉を建てた上,無断売買を繰り返し,自己に有利な時期を見計らつて手仕舞うなどの方法により,委託者の損失において利を図ることが可能であり,サニー交易がこのような客殺しの手法を用いていたことは,同会社の委託者との損益計算の状況に徴しても明らかである。),右のような会社経営者の考えや仕組みは,営業全般にわたつて,社員に委託者の保護とか委託者の立場にたつことを忘れさせ,委託者の犠牲の上に会社の利益と自己の収入をあげる方向に走らせるものであつたこと,(d)被告人高橋は,会社発足前前示のとおり荒生や被告人森山らとしばしば会つて,香港の商品先物取引には国内と異なり,何等規制がないなどと繰り返し述べたほか,サニー交易の事務所における説明会において営業員を前に「香港の取引においては何等の規制もなく,勧誘不適格者に対しても勧誘することができるので,思う存分がんばつて下さい。」とか,「今東京では為替の注文が非常に多く,契約も取りやすい。為替から注文をとつて他の商品に乗り換えたらどうだろう。」とか,「契約書に印を貰いさえすれば,紛議があつてもあとは責任を持つから思い切りやりなさい。目標を達成したら香港旅行に連れて行く。」などといつて営業員をあおり,サニー交易の代表取締役荒生も,営業本部長である被告人森山も同席してこれを了承し,被告人高橋の右のような話に特に異を唱えることなどはしなかつたこと,被告人高橋,同森山らは,いずれも長く国内の商品先物取引に関与して生計を立てていたものであるから,国内における種々の規制がいかなる経緯で定められるに至つたかを熟知しており,このような被告人高橋らの言辞,営業の仕組み等が営業員らをして本件詐欺のような行き過ぎた勧誘に走らせることを十二分に認識,認容することができたこと,(e)本件詐欺は,原判示のとおり営業部の部長である狛,福士をはじめ営業員のほぼ全員が欺罔者として名を連ねている上,原判示第二の各犯行は,原判示第一の被害者らに対してなされているものであるが,そのほとんどが第一の営業員とは別の営業員が犯行に及んでおり,また,被害者らが会社に対して苦情を申し入れると,担当営業員でなく被告人森山や狛,福士らの幹部さらには被告人森山の指示を受けた上田,小笠原らの幹部がその対応に当たるなど,まさにサニー交易が会社ぐるみでことに対処していたといえること,香港の商品先物取引とはいつても国内と競合するので当初から委託者の獲得が困難であり,アレツクスにおいてもせいぜい月2,3名であつた(被告人高橋の検察官に対する昭和58年10月10日付け供述調書)のに対し,サニー交易においては営業開始早々純増目標を達成し,1か月後の昭和55年4月10日には早くも社員の第1回の香港旅行を実施し,また,設立時500万円にすぎなかつた資本金が同年3月24日2,000万円に,同年6月24日5,000万円に増資されるなど,アレツクスでは考えられないくらいの高収益を収めていたこと,(f)被告人森山は,営業の総責任者であつたが,昭和55年夏ころから,香港の商品先物取引を警告する新聞報道がなされ,昭和57年1月ころには勧誘詐欺を示唆する報道が相次いだのに,営業方法に手を加えるような提言等はなんらしておらず,被告人高橋も,サニー交易の実質上の責任者として,伊藤とともに月に一度位は札幌に来て,営業内容の説明を受けていながら,同様であつたこと,しかも,昭和56年6月三貴商事株式会社からサニー交易に相談役兼管理部長として入社した前記小笠原は,入社すると国内の商品先物取引とは比較にならないほど苦情が多く持ち込まれているため,被告人森山らにこのままではいずれ事件になる旨度々警告し,昭和57年4月以降にも,荒生を継いで代表取締役となつた被告人高橋に対して同様の警告をしていたことなどの状況が認められる。
これらの状況に徴すると,本件詐欺は個々の営業員の独走によるものなどといえないことが明らかであり,営業員による多数の者に対する勧誘行為の中には当然本件のような詐欺行為が行われるであろうことは,被告人高橋,同森山らにおいても当初から分かつていたことであるが,被告人高橋はその一連の言動によつて本件詐欺を誘致し,被告人森山は積極的に被告人高橋の方針に参面して営業を進めていたものであり,各犯行を実行した営業員らにおいても会社幹部の方針を体して委託者の勧誘にあたり,後日紛議が生じても,他の幹部がその処理をすることもあつて,比較的抵抗感がないまま,高い歩合給の獲得を目標とし,海外旅行の特典にもひかれて本件詐欺に及んだものと認めることができる。
そうすると,被告人高橋の方針を荒生及び被告人森山がこれを受け入れて,その間に順次共謀が成立した上,同被告人らと本件詐欺の実行行為者である各営業員との間の共謀は,少なくとも昭和56年2月23日ころサニー交易事務所における説明会において成立したものと認定することができ,もつとも,本件詐欺の実行行為者中,右発会式の以降に入社した営業員(荒舘幸夫,東海林権,本間幸男,岩渕直,横沢宏明,吉水賢一,石川行紀)については,入社後,社の方針を受け入れ,社員として活動を始めたころ(いずれも訪問による勧誘活動の当初は,先輩営業員と同行し,その勧誘状況を見聞している。),同様の共謀が成立したものと認められる。
以上のとおりであるから,原判決の事実の認定には所論指摘のような事実の誤認はない。論旨はいずれも理由がない。